【消えゆく伝統技術に迫るvol4】まるで実験室。化学と数学で色を調合する~「化染」工程〜
島コト
2020/11/05
田中 良洋
奄美大島の伝統工芸品、大島紬。他の染色方法では出せない艶やかな黒色が特徴です。
伝統的でシックな黒い大島紬も魅力的ですが、近年では多くの色を使った大島紬も人気です。その後押しをしているのが、数ある大島紬の工程のひとつである化染。
化学染料を配合し、色をつくる工程です。
今回は化染の技術継承に尽力する山下宜良さんと、技術習得に励む蘇梅清さんにお話を伺いました。
お話を聞いて驚いたのは、化染の技術は数学と化学が大切だと言うこと。華やかなデザインを支える化染の仕事の魅力をご紹介します。
糸の性質を調べ、求める色に染める技術
奄美大島の泥染めは、シャリンバイというバラ科の植物に含まれるタンニンと泥に含まれる鉄分が混ざり合って色を出す植物染料のひとつです。
かつては他の色も植物から作っていました。草木から染料を作り、水につけても溶けないように媒染剤を使って染めていきます。
しかし、植物染料は紫外線に当たると退色するリスクを伴うものもありました。化学染料は色が変わるリスクが少ないので、次第に化学染料を使って染めるように。希望した色を出すためには糸の重量を測ることが重要です。同じ染料を使っても、質量が違えば色の違いが出てしまいます。
糸の質量に対し、どのくらいの染料を混ぜれば思い通りの色が出るのか、事前にサンプルを作っておきます。色の数はなんと700種類。サンプルデータには、どのくらいの分量で染料を混ぜればいいのか細かい数字が記されています。
図案師が想定した色を出せるように染める糸の質量を調べ、染料を調合するのが化染の仕事です。
化染は化学と数学で成り立っている
山下さんは鹿児島県の甑島で生まれました。30年以上化染の技術に携わり、35歳のときに奄美大島に来て22年間化染の技術を磨きました。
「生糸の表面についているセシリンというタンパク質を落として真っ白い絹糸ができる。この作業を精練と言うが、精錬がいい加減だったら染料がつかない。金属塩と石鹸が結合して撥水性を帯びることにより、ムラ染めになる可能性が高くなります。」
山下さんの説明からは”セシリン”、”ミネラル成分”といった単語が並びます。どうすればムラなく染まるのか。技術を磨くためには目には見えないミクロの世界で何が起こっているのかを正しく知ることが大事。
部屋の黒板には、理科や数学の授業を受けているような文字が並びます。化染の仕事場を見ていると、職人の仕事場というよりは実験室のような印象でした。
必要なのは段取り力
「今までにない紬を作ることができる。それが化染の魅力。」
大島紬は、かつては普段着として着られていました。伝統的な大島紬の柄は落ち着いた印象を与えますが、ファッションを楽しみたい人にとってはそれだけでは物足りません。
たまには明るめのものを着たり、出かける場所によって着る物を変えたり。オシャレな人であればあるほどいろんな紬を持っていたいと思うでしょう。色を増やすことは、デザインの幅に大きく影響します。図案師が意図した色を作れるようになれば、今までにない柄の大島紬を生み出すことにつながります。
長い間、化染に携わってきた山下さんですが、今は後継者を育てることがやりがいだと話します。
「才能もやる気もある人が技術を継いでくれるのは嬉しい。センスもあるし、教えがいがある。」
化染の仕事にとって大事なのは、段取り力です。図案師や親方がイメージしている色に糸を染めるのが化染の仕事。ムラがなく、間違いなく色を着けることが大事です。
そのためには、事前に糸の性質に合わせて、どのくらいのパーセンテージならどういう色になるのかを計算しておきます。事前にいっぱい考えて間違わないようにやる。段取りを考え、ムラが出ずに染められる人が頼られる化染師です。
泥染と違い一発勝負
2020年5月から化染の技術を学び出した蘇梅清さん。奄美大島出身で、大学卒業後は飲食関連の仕事をしていました。
2年前から大島紬の泥染に興味を持ち、龍郷町戸口にある金井工芸に入社。社長から大島紬の後継者育成事業のことを聞き、新たな技術を習得することにしました。
「泥染めは回数を重ねて濃くしていくので、いい意味で雑に扱うこともできる。化染は濃度で濃くするしかない。いわば一発勝負なので全然違います。」
どちらも化学反応で染まることは同じですが、やり方は真逆。正確さが大事なのが化染です。今はサンプル作りをしていますが、思った以上に体力仕事だと言います。大量の糸を一気に染めるので腕力が必要だし、火を扱うこともあるので熱さに耐えないといけません。
注意深く染めてもムラができてしまうこともあります。ムラを出さずに染めるためにはまだまだ訓練が必要です。今、奄美大島で化染を扱っているのは蘇さん以外は一社しかありません。技術を習得できれば貴重な存在になります。
「今はまだ実力が伴っていないが、習得すればどんな色でも自分で作れるようになる。いずれは織元さんから化染としての仕事をもらえるようになりたいですね。」
大島紬のデザインの幅を広げ、華やかさを出すために不可欠な化染。技術の裏には、緻密な計算と体力仕事がありました。
奄美市では、技術継承のための人材を募集しています。職人としての道に興味がある人は本場奄美大島紬協同組合( TEL: 0997-52-3411)までお問い合わせください。
この記事を書いたフォトライター
田中 良洋
映像エディター/予備校スタッフ 兵庫県出身。奄美群島の文化に魅かれ、2017年1 月に奄美大島に移住。島暮らしや島の文化を伝えるために自身のメディア、離島ぐらし(https://rito-life.com/)を運営する。