月の出を待ちながらシマ唄を楽しむ豊かさを。ムルfeel BASEのお月待ち体験

島遊

2026/03/17

ペン

田中 良洋

いつの時代も、唄は想いを伝える

奄美大島の人にとって、唄は教科書でした。人生で大事なことはすべて唄から学ぶというほど、唄にはさまざまな教訓があります。名瀬にあるムルfeel BASEは、そんなシマ唄の心を感じられる場所。

運営する新元一文さんは、子どものころからシマ唄が身近にありました。父親がよく人を呼んでシマ唄を歌っていましたが、当時は「うるさい唄だ」といい印象がなかったと言います。

そんな新元さんが伝えるシマ唄の魅力、おもしろさ、豊かさ。名瀬の街を散歩ついでに寄ってみてください。便利さで失われた豊かさを思い出せるかもしれません。

時代が変わっても変わらないものを歌っているシマ唄

「お月待ちをするような場所にしたいんだよね」

お月待ちとは、昭和初期ごろまで日本にあった風習のこと。旧暦13日から28日の夜に複数人で集まり、飲食をしながら月の出を待ち、拝む行事がありました。

このとき歌われていた唄が「とぎ唄」。「とぎ」はお伽話の「伽」のことで、とぎ唄を歌いながら教訓を伝えていたと言われています。

ムルfeel BASEは、シマ唄を通じて昔話や教訓話を楽しめる場所です。

「シマ唄には、今でも共感できることがたくさんある。時代が変わっても人の思いは変わらないんだなと思う」

最近ではシマ唄は聴くものになっていますが、かつては「ウタアシビ(唄遊び)」という言葉があったほど、自分の気持ちを表現し合いながら楽しむものでした。新元さんはそんな楽しみも感じて欲しいと思い、シマ唄に合わせて歌詞をつくるワークショップをすることもあります。

たとえば誰かが「今日もビールが飲みたい」と歌えば、ほかの人は「一緒に飲もう」と歌い、別の人は「ほどほどにね」と歌う。人によって違うストーリーができるのがおもしろい。

昔の島の人がそうしたように、唄で想いを伝える楽しさを感じられます。

宇検村に住んで足元にあるおもしろさに気づいた

新元さんは奄美大島の名瀬で生まれ育ちました。子どものころは塾に通い、スポーツ少年団に入り、テレビで見る都会に憧れていたので、楽しいことは他所にあるものだと思っていました。

転機になったのは26歳のころ。教員だった妻の転勤で奄美大島の宇検村に住んだことでした。

「最初はイヤでした。飲み会が多いし、夜の10時ごろにいきなり電話がかかってきて呼ばれて。でも、鉄砲で撃ったばかりの新鮮なイノシシの生肝が食べられた。ごま油と塩だけで食べるシシの生肝がムル(すごく)うまい!」

このとき初めて、同じ奄美大島でも名瀬と名瀬以外ではまったく違うことを知りました。宇検村の人たちは川でタナガ(手長えび)を獲るなど、楽しみを自分で作り出している。今まで知らなかっただけで、楽しみは足元にたくさんあるんだと気づきました。

現在、新元さんは奄美大島出身の若者を集めて「ガルアマミ」というコミュニティを運営しています。文化も歴史も知らずに都会へ出ていく島の若者たちが、もう一度シマを見つめ直し、楽しみながら学び・伝え・創っていくために立ち上げました。

先日そこで「子どものころから『チボリの水を飲めば元気100倍だ』と言われてきたけど、なぜだろう?」と話題になりました。チボリの水とは、名瀬の大熊地域にある湧き水のこと。歴史を探ると、かつて大熊地域には薩摩役人の仮屋があり、鹿児島に帰る役人が壺に入れて持ち帰ったのとのこと。この「壺入りの水」が「チボリの水」になり、役人御用達の水なので立派な水だと伝わっていたようです。

「この話をしたときにメンバーのひとりが言ったんです。『こんなことをおもしろがれるなんて、コスパがいいですね』って。歴史や文化を学ぶことは謎解きのような楽しさがあります」

唄が伝えてくれる人の気持ち

宇検村で過ごした経験は、シマ唄の素晴らしさも改めて実感させてくれました。宇検村には歌える人が多かったので、いろいろ教えてもらったと言います。印象的だったのは宇検村を離れる日のこと。

離れるといっても、同じ奄美大島で、車で行けば1時間ほどで行ける名瀬に引っ越すだけ。わざわざ送り出してもらうのは恥ずかしかった新元さん。

青年団長から出発の時間を聞かれ、しぶしぶ伝えると、集落放送でアナウンスされる事態に!出発のときにはたくさんの人が集まってくれました。そこで歌われていたのがシマ唄の送り節。お世話になった人と握手するだけで涙がポロポロ出てきました。

「言葉にすると難しいけど、唄だとお互いの思っているありがとうが伝わる気がした。唄ってすごいなと思った」

車に乗って見えなくなるまで唄ってくれた光景は、今でも忘れられません。

昔は今のように電話やインターネットはなく、道路も整備されていないのでシマを出るときは舟で出ていました。浜で送り節を歌いながら、舟が見えなくなるまで見送る。もう一生会えないかもと思うと、別れをとても大切にしていたんだろうなと感じます。

お月待ちで心の豊かさを感じて欲しい

「ムルfeel BASEのお月待ち体験が、心の中の豊かさに気づくツールになると嬉しい」と新元さんは言います。そう思う背景には、新元さん自身の家族への向き合い方を反省する気持ちがありました。

市役所時代、あまみ祭りの担当をしていた新元さん。長年担当していましたが、子どもと一緒に祭りを楽しむことはありませんでした。50歳で市役所を退職しましたが、そのとき子どもは22歳。もっと家族とのコミュニケーションがあっても良かったのではないかと感じています。

世の中は確かに便利になりました。しかし、その便利さによって失われてしまったものもあるのではないでしょうか。シマ唄には、今も昔も変わらない人を想う気持ちがあります。月の出を待ちながら唄を楽しむような時間があること。それこそが現代人が忘れかけている心の豊かさではないでしょうか。

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この記事を書いたフォトライター

田中 良洋

田中 良洋

映像エディター/予備校スタッフ 兵庫県出身。奄美群島の文化に魅かれ、2017年1 月に奄美大島に移住。島暮らしや島の文化を伝えるために自身のメディア、離島ぐらし(https://rito-life.com/)を運営する。

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