みっけ、歴女になる。Vol.1 ~奄美博物館で、奄美の今昔を知る~
島コト
2018/11/07
三谷晶子
本場奄美大島紬のテディベア、「みっけ」が奄美を旅するパペットアニメーション「あまみっけ。」。奄美大島の美しい景色とハートフルなストーリーが楽しめる動画です。
さまざまな旅をしてきたみっけちゃんですが、今回のテーマは題して「みっけ、歴女になる。」。
みっけと一緒に奄美の今昔を知る旅を楽しみましょう。
奄美博物館で、奄美の今昔を知る
みっけと共に向かったのは、奄美大島一番の繁華街、奄美市名瀬にある奄美博物館。
奄美群島は、小さな島々でありながらも、琉球国に属した時代もあれば、薩摩藩に組み入れられた時代もあり、また、戦後はアメリカ軍占領統治下であった時代もあります。
さまざまな歴史を持つ奄美のことを、まとめて知ることができるのが奄美市立奄美博物館です。
まずは今回のご案内をしていいただく奄美博物館館長の高梨修さんにご挨拶。
そして、平成9年に発掘され、国指定重要文化財となった小湊フワガネク遺跡の出土品のコーナーへ向かいます。
現在、注目の的! 小湊フワガネク遺跡出土品
小湊フワガネク遺跡は6~7世紀頃に作られた夜光貝(やこうがい)の匙(さじ)をはじめとした貝製品と関連製作物が出土された遺跡。
この発見は、奄美で集中的に貝製品が作られていて、それだけの技術を当時の人々が持っていたことを意味します。
固い夜光貝を削るのは、今でも至難の業。昔の人の技術に感服です。
この遺跡が発見されるまで、6~7世紀頃、奄美ではまだ原始的な社会しかないというのが一般的な見方でした。
しかし、大量の貝製品があるということは、それだけの製作技術があり、また、島内で使うだけの量ではないことから、外交をし、輸出をしていたことも考えられます。
また、釣り針などの鉄製品も出土していることから、沖縄よりも鉄を使い始めたのが早かった、ということもわかるのです。
福岡の大宰府で発掘された木札。8世紀前半のもので、奄美大島と沖永良部島の名前が記載されたふたつの札が見つかっています。
この木札は、紐をかける場所があることから、袋状の荷物にどこから来たものなのかをわかりやすくするためにつけられた荷札であると考えられています。
「奄美大島」という記載がされている木札が、福岡県の大宰府で見つかった、ということは、当然、奄美から大宰府まで荷物が送られたということです。
つまり、この木札は、この小湊フワガネク遺跡で発掘されたような奄美群島で作られた製品が大宰府に送られていた、という確かな証拠品なのです。
小湊フワガネク遺跡出土品は国指定重要文化財。
国指定重要文化財は、「国の成り立ちや自然、文化を理解するために欠かせない資料」という意味。
小湊フワガネク遺跡は、今までの日本の歴史の定説がくつがえされるような、重要な発見なのです。
ちなみに、徳之島や喜界島でも、奄美が本土と交易を行っていたとみられる出土品が多数出ているのだとか。
奄美群島は、現在、歴史の面からも注目の的と言えるでしょう。
生き生きと描かれた、江戸時代の奄美の暮らし図説にくぎ付け
続いて向かうのは、2階の展示。『南島雑話』が展示されたコーナーにみっけは向かいます。
『南島雑話』は幕末の薩摩藩士、名越左源太(なごや・さげんた)が記した地誌。島内の自然、動物、農業、冠婚葬祭の儀式、伝説などが図入りで描かれています。
名越左源太は、1850年、島津藩のお家騒動によって、奄美大島に遠島になりました。
遠島とは、島流し、流罪という意味。見知らぬ場所で、自分の力で生きていかなければならない遠島は、目的地に辿り着くまでに死亡する例も多く、死刑の次に重い罰とされていました。
奄美群島においては、遠島された犯罪者は当時の政治犯が多くみられました。当時の政治犯は、要は時の勢力に敗れた偉い人。地位のあるであるため、教養が高い人が多くみられたのです。
名越左源太もその一人。奄美大島に遠島になっても、島の人間に読み書きを教え、武芸の鍛錬にいそしみました。
その中で描かれたのがこの『南島雑話』です。
カラフルに描かれた昔の奄美の様子にみっけも釘づけ。
いきいきとした筆致で描かれる島の暮らしの様子は、今見ても魅力的。
島の人々の暮らしをつぶさに観察し、わかりやすい図とともに描かれたこの『南島雑話』は幕末期の奄美大島の第一級の民俗誌として評価されています。
原本は貴重なもののため、現在はコピーが展示されているのですが、奄美博物館は、来年リニューアル予定。そのリニューアルの際は、原本の展示をする予定もあるのだとか。
『南島雑話』の実物を見る機会があれば、ぜひとも足を運びたいとみっけも思いました。
まだ日時は決まっていないようですので、予定は奄美博物館のお知らせをチェックしてみてくださいね。
貴重な資料続々…「知りたい」に応える博物館
また、2階には、奄美で知られるノロ祭祀の資料も。
奄美では、ノロ、ユタと言われる女性の司祭者が古くからいて、現在も、「この前、ユタ神さまに見てもらってね」と日常的に話されています。
精巧な細工の扇の写真や、琉球王朝から発効されたノロの任命書など。
この連載内では、今後、ノロ、ユタの資料がたくさんある場所にもうかがう予定です。
さて、今回、特別に見せて頂いたのは、まだ展示する前の小湊フワガネク遺跡の出土品。大量の出土品は、高梨さんが自ら発掘されたものだとか。
ずらり並んだ貴重な出土品を見せてもらい、みっけもどきどき。
まだ知られていない新たな発見が、続々と見つかっている奄美。
奄美博物館では、「このことを知りたい!」という方に、詳しい資料や展示がある場所のご案内もしているそう。
また、奄美博物館は2019年度に大掛かりなリニューアルを予定しているそうです。
奄美の歴史が時系列でわかり、展示をゆっくり眺められるような、より魅力的な博物館になるのだとか。
奄美の歴史を探るなら、まずは奄美博物館へ。
奥深い奄美の歴史を探る旅の第一歩にぴったりの場所ですよ。
写真撮影╱サイトウダイスケ
この記事を書いたフォトライター

三谷晶子
作家、ILAND identityプロデューサー。著作に『ろくでなし6TEEN』(小学館)、『腹黒い11人の女』(yours-store)。短編小説『こうげ帖』、『海の上に浮かぶ森のような島は』。2013年、奄美諸島加計呂麻島に移住。小説・コラムの執筆活動をしつつ、2015年加計呂麻島をテーマとしたアパレルブランド、ILAND identityを開始。