ネリヤカナヤからの使者“ウミガメ”を見守る国直の人々
島人
2016/05/14
中村 修
奄美大島、大和村の国直海岸はどこよりも住民に利用される海岸だ(と、あえて筆者は断言したい)。
男たちは目の前の海に潜り魚やエビを捕る。婦人たちは季節ごとに海藻を摘み、貝やウニ採りに興じる。子供たちだって中学生にもなれば漁の手伝いをし、自らも潜る。なにより、夕暮れ時には集落民が集まってきて社交場のごとく賑わう。老若男女が一年を通じて関わりを持つ特別な場所だ。
そんな国直海岸に決まって訪れる夏の使者がいる。産卵のため上陸するウミガメだ。
ウミガメは5月~7月の間、夜間に上陸し砂の中へ130個ほどの卵を産む。産み落とされた卵は2カ月もするとふ化し海へと泳ぎだす。海岸では生命のスペクタクルが繰り広げられる。
しかし、数年前からふ化した子ガメに異変が表れ始めた。子ガメが海へと向かわず、集落内へ迷走し始めたのだ。通常なら水面を照らす月明かりを目指し海へと泳ぎだすのだが、海岸に設置された街灯の光に惑わされ陸上に留まっていたのだ。陸上は危険が多く、中には漁網に絡まりノラ猫やカラスに襲われる無残な事態も発生した。
集落では、子ガメに悪影響を及ぼす街灯を消灯する意見も出されたが、防犯やハブの危険等から見送られ、夜な夜な子供たちによる子ガメ救出活動が繰り広げられる事態となった。
そんな中、奄美海洋生物研究会の興克樹会長から貴重な助言が寄せられた。「ウミガメは白や青い光には敏感に反応するが赤色系の光は認識しない」という内容だった。集落では興会長の意見に従い、海岸沿いの街灯に赤いカバーを装着。ウミガメへの影響を観察した結果、子ガメの迷走は劇的に減少した。長年、集落民の心を痛めていた子ガメの迷走現象が解決に至ったのだ。
赤い街灯の道路は大和村特産のスモモになぞらえ「スモモロード」呼ばれるようになり、国直海岸の夏の風物詩ともなった。
行政に頼ることなく研究者と地域住民が協力し、環境保護に成功した事例として国直集落の活動はマスコミにも取り上げられるようになった。だが、ここまで集落民がウミガメの保護に取り組んだのは何故だろう?
それは集落の人たちがウミガメを単なる動物としてではなく、人々に恵みをもたらす海のシンボルとして認識していたからではないだろうか。人々は海からの恩恵を受け生かされている。ウミガメを守ることは海を守ること。しいては人間の暮らし守ることに他ならない。だからこそ少々不便をこうむっても自然と譲り合い生きてきた。
国直海岸が赤く染まる頃、今年もまたネリヤカナヤ(海の彼方・神々の楽園)からの使者が訪れる。
この記事を書いたフォトライター
中村 修
島おこしプランナー/NPO法人TAMASU代表。故郷の奄美大島、国直集落を愛するあまり会社を辞めNPO法人を設立。奄美大島の自然や文化を活用した島おこし活動に取り組む。現在は地域住民と共に「国直集落まるごと体験ツアー」を開催し集落民一体となったシマ(集落)づくりを目指す。