夢は奄美大島のすべての生き物を観察し、写真に収めること。奄美博物館の自然分野の学芸員 平城達哉さん
島人
2022/03/09
田中 良洋
奄美大島には、数多くの生き物が存在しています。鳥類だけでも300種以上。植物は1300種、昆虫にいたっては3000種以上生息しており、いまだに毎年のように新種が発見されています。
その全てを写真に収めたい。そんな夢を持った人がいます。奄美市立奄美博物館の学芸員として働く平城達哉(ひらぎたつや)さんです。
生き物への好奇心はどこから始まったのか。学芸員になるまでの経緯、10年以上生き物を観察して感じる奄美大島の自然の魅力についてお話いただきました。
浪人時代に山に通い自然の楽しさを知る
奄美大島出身の平城さん。高校まで名瀬市内で過ごしました。生き物が好きで、子どものころは双眼鏡を持って公園に行き、生き物を見つけて遊んでいました。
小学生になってからは野球を始め、生き物への興味は次第に薄れてしまったそう。高校までは勉強そっちのけで野球に没頭していたため、生き物が好きな気持ちは忘れていたと言います。
壁に当たったのは進路選択のとき。ずっと野球しかしていなかったので、国立大学を目指すような勉強の成績ではありませんでした。就きたい仕事があるわけでもない。どうしようか悩んでいるときに生き物が好きだったことを思い出し、生物学の勉強ができる大学を目指すことにしました。
残念ながら現役で志望大学に合格することは叶わず、浪人することに。この浪人時代の経験が、平城さんに奄美大島の自然の魅力を思い出させてくれました。知り合いのハブ取り名人に連れて行ってもらい、山に入る日々。母親から借りたカメラで写真を撮り続けました。
進学の道は遠くなりましたが、この一年が平城さんにとっての原体験であり、大きなターニングポイントと言っても過言ではないほどの影響を与えてくれました。
「それまで見ていた生き物はほんの一部だったことに気づきました。奄美大島の山には、こんなにも生き物がいるのかと!アマミノクロウサギを初めて見たときは、興奮して眠れなかったほどでした。」
やはり自分は生き物の研究がしたいと思い、奄美大島と共通する生物が多い沖縄県の琉球大学を目指すことに。2年間浪人し、無事合格。琉球大学理学部海洋自然科学科に進学しました。
ケナガネズミのことを研究した大学時代
大学の環境はとても楽しかったと言います。
「全国から生き物好きな人が集まっていますから。カエルに詳しい人とか、昆虫に詳しい人とか。そういう人と話しているだけで楽しかったです。」
学術調査に関わり、一流の人と一緒に山に入ることもありました。学問的に山を見るとはどういうことか。このときの経験は今でも活きていると言います。
卒業論文のテーマは、ケナガネズミの生態についてでした。まだまだが明らかになっていないことが多いので、飼育された個体の基礎的な研究を行いました。カメラが設置されたケージの中でその個体の動向を観察します。
ケナガネズミは、基本的に夜しか行動しないと考えられてきました。そのことを確かめるためにも、録画した映像をずっと見続け、どのような行動をしているのか観察します。ほとんど動かない時間帯もあります。沖縄から奄美大島へ向かうフェリーの中で、ずっと画面上のケナガネズミの行動を見続けたこともありました。
大学の卒業を目前にひかえ、大学院に進むか就職するか選択を迫られたときのことです。奄美市役所の募集を知り、市役所の採用試験を受けることに。
「できたら奄美に戻りたいとはずっと思っていました。でもまさか、博物館に配属されるとは思っていなかったです。奄美博物館は、中学生のときに職場体験で来たことがあったので、自然に関わる仕事ができるかもと期待していました。」
生き物たちのつながりが分かるようになった
奄美博物館の展示は、自然・歴史・文化に分かれています。歴史と文化は詳しい上司がいましたが、自然のことは配属一年目の平城さんが担当することになりました。
1年目は特に大変でした。平城さんは哺乳類や鳥類の知識はある程度ありましたが、博物館を訪れる人からは植物のことや昆虫のことも聞かれます。
「中途半端なことは答えられませんから。まずは幅広く、いろんな生き物のことを知ろうと思い、わからないものは一旦持ち帰り、改めて回答していました。奄美大島の動植物を知るためには、まずは見なければ始まらないと思い、今でも年間120日は山に出かけています。」
それまでは動物を中心に見ていましたが、植物にも目を向けると山の景色がまったく違って見えるようになりました。
「たとえばケナガネズミは、闇雲に木の枝の先を探していたんです。でも、植物がわかるようになると、ケナガネズミのエサとなる木を中心に探せばいいと気づきました。生き物のつながりがわかり、大きな視野で奄美大島の自然を見られるようになりましたね。」
未来の生き物博士を育てるために
奄美博物館で働いていて、とても印象に残っていることがあるそう。それは幼稚園に出張授業に行ったときのこと。どうすれば子どもたちが生き物に興味を持ってくれるかと考え、生き物たちの鳴き声を紹介しました。
集中力が途切れがちな子どもたちですが、この授業が大好評。幼稚園の先生からも「子どもたちのことを考えて話してくれたのが良かった。」と言われました。
今でも各学校へ環境教育のための出張授業は行っています。2021年には、40回以上も。子どもたちと接しながら、平城さんは奄美大島の未来は明るいと話します。
「こちらが考え込んでしまうくらい、びっくりする質問をしてくる子がいるんです。ぼくらの時代では生き物に詳しい子がいると言っても学年で1〜2人でしたが、今は違う。これだけ生き物が好きで、知識が豊富な子がどんな大人に育つか今から楽しみです。」
2021年3月、平城さんは学芸員の資格を取得しました。大学時代に取得しておらず、社会人になってから博物館の専門的な職員である学芸員(国家資格)の取得は簡単ではありません。平城さんは、文部科学省が定めた受験資格の規定を満たし、書類審査と面接の試験を受けて、見事に合格しました。
博物館に勤務しながら調査研究や展示に携わり、教育普及の一環として学校で行ってきた平城さんの出張授業の実績などが認められ、学芸員になることができたのでしょう。
これからも生き物たちの生きる姿を撮影したい
奄美博物館は、2019年8月にリニューアルしました。フロアごとにテーマがあり、自然と暮らしがテーマの3階は主に平城さんの担当です。実は、掲載されている生き物の写真のほとんどは、平城さんが撮影したものです。
今でも暇さえあれば山に行き、生き物を探している平城さん。運営しているブログには奄美大島の生き物たちの写真がたくさん載っています。
「生き物をもっともっと見たいです。奄美の生き物は、植物や昆虫も含めるとすごい数になりますが、より多くの生き物を観察して写真を撮りたいです。以前、ケナガネズミの授乳シーンを撮れたときは感動しました。そういう、生き物たちの生きているリアルな姿を撮りたいですね。」
浪人時代から数えれば、もう7年以上奄美大島の山に入っている平城さん。それでも奄美大島の山は知らないことが多く、知れば知るほど奥深いと言います。
「探求すればキリがないですが、どこでも自然が楽しめるのが奄美大島の魅力だと思います。国際的にも貴重な固有種が、わたしたちの生活圏で見られることもある。いつでもどこでも楽しめるのが奄美大島の自然の良いところです。」
少年のようなワクワクした目をしながら話す平城さん。昆虫や植物も含め、全ての生き物の写真を撮るのは人生すべてをかけても難しいと言いますが、夢は大きく。平城さんの夢の旅はまだまだこれからです。
この記事を書いたフォトライター
田中 良洋
映像エディター/予備校スタッフ 兵庫県出身。奄美群島の文化に魅かれ、2017年1 月に奄美大島に移住。島暮らしや島の文化を伝えるために自身のメディア、離島ぐらし(https://rito-life.com/)を運営する。