親子でシマ唄を紡ぐ「奄美ちぢん・三味線製作所」
島唄
2016/03/08
古林洋平
奄美市名瀬伊津部町にある「奄美ちぢん・三味線製作所」
お店の代表である昇和美さんは、高校卒業後、進学のため上京し、十数年都会でお仕事をされたのち、再び島に戻られました。
「島を離れて改めて本当の島の良さを知った」と。
その後、沖縄で三味線の修理の技術を学び、ちぢん(太鼓)は名瀬の職人から修理の技術を習得され、2013年5月にお店を構えられました。
お店には、三味線やちぢん(太鼓)が並んでいて、三味線は手頃なものだと、2~3万円から、高価なものになると20〜30万円の三味線まで取り揃えています。
三味線と一緒に奏でられるちぢん(太鼓)の音色は非常に力強くもあり、時には美しくもあります。
ヤギ皮や牛革を使用しており、革によって音色が変わり、奄美の年中行事の一つである「八月踊り」の伴奏に欠かせない楽器です。
奄美に豊富に自生するクスやセンダンの木をくりぬいて、地元産のヤギ皮などを張り合わせたものを、クサビと紐で締めて作られます。女性でも使えるように、とても軽い太鼓です。
入り口に目をやると、近所の猫なのか、お店の中に入りたがっていました。
「よく近所の猫が遊びに来るっちょー、シマ唄に興味があるのかねー。」と和美さん。
和美さんにとってシマ唄は、生まれた時から、生活の中にあり、いつもシマ唄の環境に囲まれていたといいます。
「母親のシマ唄を子守唄のように聞いて育ったっちょ」と。
しかし、高校生の頃からシマ唄よりも洋楽の方に興味を持ち、いつの間にかシマ唄から離れていったとのこと。
上京し、仕事で大変だった時に、ふと、母親のシマ唄を思い出し涙があふれたという。
その後、島に戻り母親の喜代子さんの元、シマ唄をはじめられました。
こちらでは、お店を営むかたわら、母親の喜代子さんと一緒に、三味線教室を開きシマ唄を教えていらっしゃいます。
現在、教室には、下は小学生から上は60代の方々がいらっしゃり、唄は母親の喜代子さんが、三味線は息子の和美さんが丁寧に教えてくれます。教え方がうまく、めきめきと上達する生徒さんが多くいるそう。
母親の喜代子さんは唄者(うたしゃ)と呼ばれる、奄美シマ唄の唄い手で、息子の和美さんが三味線で演奏し、お祝いの席や、シマ唄酒場などオーダーに応じて活動もしてらっしゃいます。
三味線の事やシマ唄の事など、奄美シマ唄を知る入り口として、ぷらっとお店に来てはいかがでしょう。丁寧に奄美シマ唄の事を教えていただけますよ。
この記事を書いたフォトライター

古林洋平
フォトグラファー/写真家。古林洋平写真事務所。奄美2世。広告・カタログ・ファッション等の撮影を手掛ける傍ら、ルーツである奄美を独自の視点でとらえ、国内外において写真展等で発表する。また、全国の高校生たちと向き合い、撮影をする「青い春」など、精力的に活動。