本場奄美大島紬が世に出る「最終関門」は、ただ一人の検査技師の手と目から。
島コト
2018/03/27
秋葉 深起子
静かに張り詰めた空気。
目の前の大島紬に集中している検査技師の眼(まなこ)は、一見穏やかだが、熟練の職人のようにゆるぎないものが宿っていることがわかります。
幾多の工程を経て、ようやく一つの反物として完成した大島紬。この完成品を世に出すべく、最後の確認をしているのが、検査技師の井ノ上五十助(いそすけ)さんです。
1500年の歴史を持つ、至極の絹織物を検査するという重責。きっとたくさんの熟練の技が必要なのだろう。そう想定して、質問をしました。
「大島紬を検査するときの大切な要素は何ですか?」
考える隙間もなく、井ノ上さんの口からついて出たのは
「人柄」
という言葉でした。
思いもかけない言葉に、取材していた私や同行者は一瞬驚き、井ノ上さんの冗談だと思いなおしてくすりと笑ってしまいました。
でも、実はそれは冗談でもなんでもなかったのです。
本場奄美大島紬が、世の中にデビューする最終関門
現在、大島紬は、奄美市名瀬浦上にある本場奄美大島紬協同組合の検査を通過しなくては販売ができません。 そして、この検査を担当しているのが井ノ上さん、ただ1人。
つまり、世の中にある本物の奄美大島紬は、井ノ上さんの合格がないと世に出られないのです。
今回は、本場奄美大島紬の検査について井ノ上さんにお話を伺ってまいりました。
奄美大島紬の検査「基準」
検査は、基本的に指先で触れながら、また目で確認しながら行います。
決められた長さが正しくあるか、
汚れや傷や穴がないか、スジが引いていないか、
絣模様は合っているか、
そして、「風合い」などを検査します。
この風合いとは、指先で大島紬の表面をすべらせ、その感覚で風合いの善し悪しがわかるのだそう。
ちなみに紬の表面の中でも特にチェックするのが、耳(反物の両端)の部分の織り。
ここの美しさにより、着物に仕立てたとき「背中が美しくなるか」が決まると教えていただきました。
検査のなかで、井ノ上さんが手で触れて感じているのが大島紬に反映された「人柄」なのだそうです。
記事の冒頭で述べた、“検査でいちばん重要なのが人柄”という意味は、ここにありました。
「大島紬には職人さんの人柄や性格が反映されます。
また、1つの反物の中でも“この時期は心境が変化していたのかも”と、織っている長い期間での心境の違いなども、風合いから感じ取ることができます。」と井ノ上さん。
もちろん、織工さんだけでなく締め機や染めの職人さんの人柄の特徴も、この1反の大島紬から感じることができるのだそう。
大島紬の緻密さは工程の数や難しさからも感じることができますが、
人の心の変化までも反映してしまうほどの、繊細な織物なのだと改めて実感しました。
たった1人の奄美大島紬「検査技師」
井ノ上さんは、お父様も大島紬に携わっており、物心ついた子供の頃からお手伝いをさせられていて、実は大島紬は嫌いだったとか。
加工や図案などの手伝いををする中で自然と技術を習得し、大島紬技術指導センターでは締機りも学んだそうなのですが、高校卒業後はそのまま大島紬業界に入ることなく、横浜へ。
車両関連の仕事などを経て、23歳で奄美大島へUターン。
その当時の大島紬生産数はピークだったため、大島紬の業界へ就職されました。
以前は、大島紬の検査も数人で行っていたものの、10年前から検査技師は井ノ上さんただ1人。
すべての大島紬は、井ノ上さんの手と目によりチェックされるのです。
私が「検査で不合格になることはありますか?」と尋ねると、
「しょっちゅうあるわけではありませんが、それでも不合格の場合はあります。検査で不合格にしたときには、“どこが不合格だったのか?”など聞かれることもあるんです。」
そのときには、お父様からの言葉を思い出すそうです。
「まずは相手にたくさん思いや意見を吐き出させなさい。そしてそのあとにはこう伝えなさい。“自分は買う人の立場になって検査をしています”と。」
井ノ上さんは、直接お父様から大島紬の技術などを学ぶことはなかったそうですが、
お父様が引退される前に、言われたこの一言が今でも鮮明に記憶に残っているそうです。
本場奄美大島紬の「証」
このように、検査技師のチェックが終わり通過すると、
ご存知あの「地球儀マーク」証紙に合格スタンプを押してもらえます。
この地球儀マークが、ここ奄美で作られた大島紬の証。
そして、泥染めには「泥染め証紙」草木染には「草木染証紙」が貼られます。
なんと合格ハンコだけでなく、不合格のハンコもあったのにビックリ!
このハンコを押された紬、かえってレア物かもしれません。
そして、経済産業大臣指定「伝統的工芸品」である証のシール。
ちなみに、この伝統工芸品たちはナンバーで管理されているため、誰が作ったものがどこへ販売されたのかが一目瞭然にわかるそうです。
本当に貴重な伝統工芸品なのですね。
最後は、この証紙と大島紬を合わせて承認の穴をあけ、偽造防止。
これで、やっと本物の奄美大島紬として認められるのです。
無事に検査を通過し、織元さんの手元に戻った合格ほやほやの大島紬。
この大島紬は、どなたが素敵に着こなしてくださるのか楽しみです!
ちなみに、鹿児島本土や宮崎県都城でも大島紬は生産されており、それぞれ産地証紙があります。
ちょうど取材の日は、京都から某有名呉服店の方々が研修でいらしていました。
全国の呉服店や着物ファンが、この検査工程など見学に来られるようです。
大島紬の魅力を最終確認できる場所
“高い”という高級品イメージだけが先行しがちな大島紬。
ですが、1反つくりあげるのに半年から一年かかるという膨大な作業工程。
そして、細かい検査項目、機械では感じることのできない風合いチェック、そして人柄も。
それらを、検査する人もまた、長年培ってきた手と目の感覚と、大島紬への愛情によりこれらの反物たちが世の中にデビューしていくのです。
合格のハンコを押された瞬間を初めて見た私たちは、思わず拍手をしてしまいましたが、
きっとこの1反の大島紬を作り上げてきた何人もの職人さんたちへの敬意だったのだと思います。
今日もまた、素晴らしい大島紬が井ノ上さんの合格印と地球印の証紙とともにデビューしています!
その大島紬たちが、素敵な方々のお手元に届きますように。
※この本場奄美大島紬協同組合の検査工程は、どなたでも見学することができます。
この記事を書いたフォトライター

秋葉 深起子
RDA(Relaxing Days Amami)ツアースタイリスト。東京でカラー&イメージコンサルタントとして、企業研修や講演、プロダクトデザインのカラー提案、フォトスタイリング等を行う株式会社アンドカラーを設立。2017年「五感を刺激する大人のための奄美旅」をモットーに、奄美と出会えてよかったと思えるような旅やイベントを企画運営事業を開始。